習ったことを思い出せないとき、どうすべきか? 体験型授業では改善しない

子供たちに勉強を教える上で、教えた内容を次の日も忘れないようにさせることはとても大変なことです。ここではエピソード記憶と意味記憶という二つの記憶のメカニズムについて説明し、記憶の形成を改善する方法を考えてみたいと思います。

思い出に残る体験 エピソード記憶

私たちの記憶の種類の一つに「エピソード記憶」があります。エピソード記憶は机に向かって何かを暗記するようなものではなく、体験によって得られる記憶です。例えば、昨日の夕食に何を食べたか、友達とどんな会話をしたかのように、エピソード記憶は私たちの普段の生活において自動的に形成されるものです。

エピソード記憶には問題点があります。それは、記憶が文脈に依存しているため、文脈の手がかりがないと思い出すことができないことです。

例えば、ある講師の話はとてもインパクトがありボディランゲージも豊富で、聞いている生徒たちに強烈な印象を残します。しかし次の日、生徒がその講師の話が何だったかを思い出そうとしても内容の細部はあやふやで思い出すことができません。

生徒は刻々と変化する講師の表情、オーバーな体の動き、抑揚の効いた話し方の特徴はちゃんと思い出すことができます。しかし、話の内容は思い出せません。なぜ生徒は思い出せないのか。それは記憶の種類が異なるからです。

文脈に依存しない意味記憶

記憶の種類にはもう一つ、「意味記憶」があります。意味記憶は文脈に依存しない記憶で、それゆえ異なった状況でもその記憶を応用することができます。エピソード記憶は特定の文脈に依存した記憶なので、そうした柔軟性はありません。

私たちが学習することがらは、初めはエピソード記憶(短期記憶)として脳に格納されます。しかしその記憶は文脈に依存しているため、置かれている状況が異なれば思い出すことは困難です。そこで、私たちは意味記憶を形成するために考える練習が必要になります。異なった状況でその記憶を用いることで、意味記憶が形成されていくのです。

例えば、生徒たちに理科の実験を体験させたとき、彼らは実験が楽しかったということは覚えていても、その背後にある概念や法則は覚えていないものです。その理由の一つは、楽しかったという強い印象が概念や法則の記憶をかき消してしまうからです。

意味記憶はエピソード記憶のように自動的に形成されることはありませんが、その代わりに特定の状況に依存しないため、他の状況に当てはめることができます。実験で体験したことがらも、そこで得られた結論をどのように他の状況に当てはめるかを考える練習を繰り返すことで概念が形成されます。こうして形成された意味記憶は文脈なしに思い出すことができ、また非常に長い間記憶として保持されます。

近年、知識偏重型の教育に批判が集まり、体験型の学習や思考力を問うテストなどに注目が集まっています。しかし、私たちがある課題を解決することを求められたとき、文脈から切り離された豊富な意味記憶を用いて推測することが大切です。ある現象を観察するとき、豊富な意味記憶によって重層的にそれを捉えることができるかどうかは、問題の解決力に大きく影響するのです。

二つの方法を使い分けることが大切

しかしながら、知識偏重型の教育に回帰することが正解だとも言えません。

例えば、ある概念や法則について十分学んだあとに実験を行うことで、その概念を用いて類推する作業を経験させることができます。つまり、順番を入れかえて意味記憶のあとにエピソード記憶を形成する方法です。一見、初めから答えが分かっているのでつまらないように思えるかもしれませんが、こうした方法を用いた方が長い目で見れば記憶として保持される可能性がより高くなるようです。

また、体験型の教育には、子供の社会性や道徳性を育てるというまったく別の重要な役割があります。人間は機械ではないので、他者の心の働きに共感しながら自分の振る舞いを決める上で意味記憶は必ずしも役に立つわけではないのです。

つまり、エピソード記憶と意味記憶にはそれぞれ長所と短所があり、教育を行う人々は生徒に何を習得させるかという目的を明らかにした上で、2つの方法をうまく使い分けることで期待した結果につなげることができるでしょう。