進学・就職は「やりがい・情熱」で決めるべき?将来の夢に振り回されない生き方のアドバイス

学生のみなさんにとって将来の進路や就職はいずれ考えざるを得ない頭の痛い話題でしょう。学生はしばしば「将来の夢」を語ることを強制され,何となくきれい事を並べてその場をしのがなければならない場面に遭遇するものです。あなたは,「将来の夢ってそんなに大事なの?」と頭の中にもやもやとしたものを抱えているかもしれません。

ここでは,将来の進路を考えるために役立つ比較優位という考え方を紹介し,将来の夢だけが進路を決める方法ではないことを示します。

やりがいと情熱は初めからあるわけではない

将来どんな仕事に就くべきかを考えるとき,私たちはたいてい「やはり年収の高い仕事が良い」と考えるものです。その一方で,「いやいや,やりがいのある仕事に就くべきだ。仕事は楽しい方が良い」とか,最近ならば「仕事はほどほどにして私生活とのバランスがとれた方が良い。ワークライフバランスが大切だ」など,考えるべきことは他にも数多くあるでしょう。

給料の高い仕事を目指すという考え方は,進路を決める出発点として大切なものです。給与が高いというのはそれだけ生産性の高い仕事をしているということであり,あなただけでなく社会全体にとっても利益があります。

もちろん,仕事に対するやりがいや情熱も必要です。ただし,そうしたものは仕事に就く前にあらかじめ存在するわけではありません。仕事に就く前にあなたが持っているものはただの願望です。やりがいや情熱とはその仕事を長く経験するうちに自分の中で形作られていくものであり,あなたがやりがいを見つけてから仕事を選ぼうとすれば,結局そうしたものをうまく見つけられずに悩み続けることになってしまうでしょう。

そこで,少し視点を変えて仕事を選ぶことについて考えてみたいと思います。

比較優位の視点

経済学の用語に比較優位という概念があります。本来は国や会社といった単位で扱われる考え方なのですが,私たち個人に当てはめて考えることもできます。

仮にあなたが洋菓子屋になってケーキを作る仕事をしたいと思っていたとします。しかし,そうした思いはあっても,あなたが洋菓子作りが上手でなければそもそもケーキを作って生計を立てることは不可能かもしれません。

しかし,問題はそれだけで終わりません。洋菓子作りが上手であるということについてもう少し掘り下げて考えてみる必要があります。それは,仮にあなたが他の人と比べてもケーキを作るのが下手だったとしても洋菓子作りの仕事をした方がよい場合があるからです。

好きな仕事ではなく,優位に立てる仕事

あなたはケーキを作るのが他の人と比べて上手というほどではありません。あなたの周りの同級生たちはケーキ作りに興味があろうがなかろうが,レシピを見ながらケーキを作ります。そしてあなたの作るケーキは正直なところ同級生たちの作るケーキとほとんど同じ程度のものです。

こう言われると,あなたは洋菓子屋に就職すべきではないと思うかもしれません。しかし,社会全体から見て,あなたが洋菓子屋さんになるべきかどうかは,自分自身と他の人々との能力の組み合わせから決まります。

あなたのクラスメートにAさんがいます。Aさんはあなたよりもケーキを作るのが上手です。一方,Aさんはプログラミングも得意で,あなたはコンピューターを扱うのが苦手です。この条件なら,Aさんがプログラマーになり,あなたが洋菓子屋になるほうが社会全体としてより合理的で生産性が高くなります。

逆のケースもあり得るでしょう。あなたはケーキ作りが大好きで腕前も十分です。しかし,あなたにはバイオテクノロジー企業で微生物の生産管理をする能力もあり,周りの人たちにそのような能力を持つ人はいません。あなたはバイオテクノロジーなどと言われてもピンと来ませんし,興味があるかないかも分かりません。それでも,比較優位の考えから言えばあなたはバイオテクノロジーの仕事を選んだほうが良いということになります。あなたがより広い視野に立って世界を見つめることができれば,あなたが本当になるべき仕事を見つけることができるかもしれません。

こうした考え方を比較優位と言います。ここで述べた例を見ればわかる通り,単純に「ケーキ作りが好きな人,得意な人が洋菓子屋になる」というわけではないのです。

他の人に何ができないか,を考えてみる

将来の進路を考えるとき,私たちは「自分に何ができるか」ということを考えます。もちろんそれも大切ですが,それとは反対に「他の人に何ができないか」を考えてみるのも一つの方法です。

あなたが大人になるとき,あなたは労働市場という世界で一つの商品のような存在になります。その世界であなたが優位に立つというのは,結局のところあなたが他の人にできないことをしているときだとも言えます。

こう言うと,何だか後ろ向きな考え方に思えるかも知れません。しかし,他の人にできないことをするというのは,あなたがそれだけ社会全体にとって価値のあることをしているということでもあり,他の人から必要とされる存在であるということです。他の誰かに必要とされているということは,あなたにとって生きる価値となり仕事のやりがいにも繋がります。

誰かに必要とされること

あなたは自分の能力に自信がある人かもしれませんし,そうではないかもしれません。もしあなたが「自分に得意なものが見つからない」と悩んでいるなら,自分本位で考えるのではなく自分がいったい何をすれば他の人々から必要とされるのかを考えてみると良いでしょう。適性や能力というのは案外自分自身で判断するのが難しいことですし,例え何かのことについて適性があっても,それが他の人が必要とするものでなければ結局お金になりません。

ここで話は最初に戻ります。あなたが将来の進路を決めるときに給料の高さで仕事を選ぶというのは悪い考えではありません。給料の高い仕事というのはそれだけ他の人々に必要とされているということを意味しているからです。

あなたが将来の職業を選ぶとき「夢を叶えられるやりがいのある仕事」に就く,というのは必ずしも正解ではありません。今のあなたにとって魅力のない仕事でも,その仕事を続けていくうちに自分が他の人から必要とされるという経験の積み重ねを経て,いずれその仕事にやりがいを感じるようになっていきます。

あなたのやりたいことがあらかじめ決まっているのなら,その夢に向かって努力していくのはは素晴らしいことです。しかしながら,現実にはそうしたものが無いという人の方がむしろ多数派かもしれません。もしあなたがその一人なら,もう少し視野を広げて見方を変えてみることが大事です。少なくとも,将来の夢がないということで大人に咎められる筋合いはありません。夢が無いなら現実を冷静に観察し,そこから何らかの知見を得ればよいのです。現実に対処する能力とは,ある意味夢を持つことよりも役に立ちうる,大切な能力でもあるのです。

学ぶことからヒントを得る

学生が進路を選ぶとき,まずは学校の勉強にしっかり取り組むことが大切です。そして,学校以外のことについてなるべく多くの世界を経験すると良いでしょう。広い世界について理解を深めることで,適切な仕事を判断する多くの材料を得ることができます。

学校で勉強していて役に立たないことをやらされていると思うことも多いでしょう。しかし,それは学ぶことによって初めて理解できることです。あなたは,あなた自身にとって必要のないことを数多く学び,それを強制されることによって,何が必要で何が必要でないのかを判断できるようになります。

学校の勉強が役に立たないと嘆く前に,それが自分に役に立たないと断言できるまでその学問を深く学んでみましょう。その上で,あなたがその知識があなたの人生に直接には役に立たないと判断できるのなら,それはそれとして学校で学んだことに十分な価値があるのです。